「……うわ、」
降ってくる雨があまりにも直線的で思わずそんな声が漏れた。
なんて季節外れな雨なんだ。梅雨明けだなんだとそんなニュースが流れていたのも懐かしく感じるというのにこの天気だ。勿論傘なんて都合よく持ち歩いてる訳もなく、ガラス一枚を隔てた外の世界を、意味がないとわかっていてもどうにも恨めしく思ってしまう。
「止まねぇな」
でも生徒会室の窓なら五枚くらい補強ガラスが重なっているから流石に手ごわいかもしれない。そんなことを考えていると後ろから声が聞こえて振り向く。その声の主は窓の外に向けて鬱陶しそうに眉根を寄せ、珈琲を一口啜った。そして、もうひとつのカップを私に差し出す。私もその仕草を反復するようにしてカップに口付けた。ブラックだ。少しだけ顔を顰めてしまった。
そんな私を見て彼が小さく鼻で笑った。別に彼がここに居ることに対して驚きはしない。何故なら、昇降口で雨の中を強行突破すべきか否か悩んでいた私をここに連れてきたのは他の誰でもない彼──跡部景吾だからだ。
「座れよ」
「でも、」
「どうせこの様子じゃ暫く止まねえ」
短い言葉にいとも容易く一蹴されて何も言えなくなる。カップをソーサーに一度置き、大人しく生徒会長専用のソファに腰掛けると、想像を超えた柔らかさに身体の重心が後ろに急速に奪われていく。背もたれに手をついて何とか横倒れを阻止する。もはやソファじゃなくてベッドじゃないか、と文句を言おうと彼を見上げると、俯いて肩を震わせているのが視界に入った。くつくつという声から察するに、私の醜態を見て笑っているらしかった。恥ずかしさよりも先に怒りが顔を出す。
「ねえ、何笑ってんの!」
「いや……お前、……ソファにも普通に座れないのか」
「……うるさい」
いつも自信に満ちた声がまだ震えていて、行き場のない怒りが何かを言い返そうとするも言葉にはならず、結局は背もたれを掴む指の力が少し強まっただけだった。
最悪だ。生徒会長で成績優秀、部活動の功績も輝かしくおまけに日本人離れした整った顔をしている癖に意地の悪い跡部景吾という男が、クラスメイトであることが。睨んでみれば、ソファから一度立ち上がって、「悪かった」なんて軽く言ってのけて手を差し出してくるものだから──ああ、なんてタチの悪い男なんだ。
恐る恐る手を重ねたと同時に、凄まじい力で引き上げられる。驚いて足が滑らせたかと思えば、一瞬で腰を引き寄せられて息が止まった。
「折角二人きりになったんだ、お預けは御免だぜ」
揶揄うような笑みが目の前にある。そしてもっと最悪なのは──こんな男が、私の彼氏であることだ。
触れられた腰が、射るような瞳が、燃える熱を持っている。目を離したくなるのにどうしても離すことが出来ないのは、多分長い睫毛に縁取られた大きな眼のせいだけではない。
頬を包まれて、柔らかく唇が重なった。何回目のキスだろうか。一般的なカップルのキスの頻度よりはあまり高くはないだろうけど、それが不満という訳では無い。でもこうして唇を重ね合わせている間は、ちゃんと自分が彼の彼女になれているような気がするから、もしかしたら私は彼とのキスが結構好きなのかもしれない。恥ずかしいからそんなこと、絶対に口にはしないけれど。
「……止まないね、雨」
「そうだな」
「どうしようね」
「さあな。……でも、」
まだ止まなくてもいいだろ。
雨音が遠のいていく。やけに空調が暑く感じる。夏は確かにそこに在るのだと、汗ばむ手と手が伝えている。