ポットが大声をあげている。
お湯が沸騰したことを告げるそれを止める気力すら起きなくて、彼女はもう1度布団に潜り込んだ。なんとなくお湯を沸かして、なんとなく立ち上がれなくて、そのまま再び水へと戻してしまうという失態を幾度となく繰り返しているというのに。どうやら一向に学習する気配は見られないらしく、今回もそれは例外とはならなさそうである。ああ、私には結局彼がいないとろくな生活を送ることもままならないのだという事実が、朦朧とした意識の中でも淡々と彼女を苦しめる。
「このまま私が起き上がらない確率は?」
「87%だな」
「うわあ、高いね」
「そう言いながら、既にもう起き上がるつもりもないだろう」
凹凸のない会話が響く中、次第に部屋には芳ばしい香りが充満していく。彼女の代わりにポットを手に取った柳は、コーンスープの支度だけが為されているマグカップへとそっとお湯を注いで、溢れないようにそっとかき混ぜる。部屋の中に流れるのは二人の会話から、コーンスープをかき混ぜるスプーンの音へと変化する。ベッドの中からその手つきをじっと眺めているだけの彼女は、まるで柳が代わりにお湯を注いでくれることを知っていたかのように、ただ当たり前だと言わんばかりに動じない。
「私、このまま蓮二といたらダメ人間になりそう」
彼女がそう呟いた瞬間、柳のコーンスープをかき混ぜる手が一瞬止まった。カシャン、とスプーンが嫌な音を立てる。彼女はそんなことにはお構いなしに、自分が支度だけをしたコーンスープを片手に柳がこちらへ来るのを待っていた。ただ、体も心も満たされることだけを心待ちにしながらもう一度布団を被り直し、さむっ、と一言、猫のように脊筋を丸める。そんな様を横目で見ながら、柳は満足げに笑ってぽつりと言葉を漏らす。
「……それもいいかもしれないな」
彼女のためのコーンスープと、自分が飲むためのインスタントコーヒー。二つのマグカップを手に持った柳は、彼女の横たわるベッドの淵に腰掛け、マグカップをサイドテーブルに置く。今し方沸いたばかりのお湯を用いたそれらは、うるさいくらいに湯気をたて、この寒い部屋の中で目一杯自己主張をしている。そんなコーンスープとインスタントコーヒーと同じく、柳の胸中は静かに熱を孕んでいた。
「蓮二、今なんか言った?」
「いや、独り言だ」
「そっかあ」
背を丸めたまま起き上がった彼女は、柳の持ってきたマグカップを手に取って息を吹きかける。熱いね、と笑う彼女に、柳は小さく微笑んで、そうだな、と一言だけ返した。この愛おしい人が、本当に自分がいないと何もできなくなってしまうまでに堕ちるには、一体あとどのくらいの月日を要すだろう。そんな計算を始めたと同時に、静かに口角が上がるのを柳は自覚した。そうなってしまえるのならば、一体どれだけ幸せなものなのだろう。熱々のコーンスープを含むことを躊躇う口にキスを落としただけで、こんなにも多幸感で満たされるというのに。